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京都地方裁判所 昭和52年(ワ)960号 判決

原告 吉田友夫

被告 国 ほか三名

代理人 古城毅 片岡克己 竹内健治 ほか四名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、別紙第一目録(一)(二)記載の物件につき、原告が訴外富士抵抗器株式会社との間で、

(1) 東京法務局大森出張所昭和五〇年八月一二日受付第二九七八五号により抹消された同出張所同四七年七月二八日受付第三七五八九号抵当権設定登記の、

(2) 同出張所同五〇年八月一二日受付第二九七八六号により抹消された同出張所同四八年二月二四日受付第九一四三号根抵当権設定登記の、

(3) 同出張所同五〇年八月一二日受付第二九七八七号により抹消された同出張所同四八年六月六日受付第二八五七〇号抵当権設定仮登記の、

各回復登記手続をすることを承諾せよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告全東栄信用組合、同国、同京都市)

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  別紙第一目録記載の各物件(以下本件物件という)には別紙第二目録記載の各抵当権(以下本件抵当権という)が設定されており、その旨の登記(同目録一、二の抵当権)および仮登記(同三の抵当権)がなされていた。

(二)  本件抵当権のうち順位九番のそれは昭和四九年三月一八日全国信用金庫連合会から訴外芝信用金庫へ、同金庫から訴外富士抵抗器株式会社(以下富士抵抗器という)へ順次債権とともに譲渡され、同年六月八日その旨の付記登記がなされた。

また本件抵当権のうち順位一〇番および一一番の各抵当権はいずれも昭和四九年三月四日、その権利者たる訴外東京商工協同組合および同磯田緑郎から富士抵抗器へ譲渡(順位一〇番は根抵当権の譲渡、同一一番は債権とともに譲渡)され、同月一一日その旨の付記登記がなされた。

(三)  原告は昭和五〇年一月一三日、富士抵抗器より同社に対する貸金担保の目的で本件各抵当権の譲渡(順位一〇番につき根抵当権の譲渡、その余につき債権とともに譲渡)を受け、同年二月一九日その旨の付記登記を経由した。

(四)  その後原告は富士抵抗器から右貸金の返済を受けたため、原告から富士抵抗器に対し、再度本件各抵当権を移転するため、関係書類一切を富士抵抗器に渡したところ、同社は原告が本件各抵当権を放棄したものとして、昭和五〇年八月一二日、同月八日付放棄を原因とする本件各抵当権の設定登記および仮登記の抹消登記手続(以下本件抹消登記という)をしてしまつた。

(五)  富士抵抗器がこのような抹消登記をしたのは、同社はこれより先の昭和四八年一〇月本件物件の所有権を取得し、その所有者となつていたことから、本件各抵当権について関係登記を抹消すれば足りるものと誤解した結果によるものである。

(六)  しかしながら、原告は本件各抵当権を放棄したことはないし、また本件の場合は、本件各抵当権が物件所有者たる富士抵抗器に移転したとしても混同の例外としてこれが消滅しない場合であるから、その抹消登記がなされるべきものではないのである。

従つて右抹消登記は真実に反するもので回復されなければならない。

(七)  仮に右抵当権の放棄の事実が認められるとしても、それは原告の委任を受けた者の錯誤に基づくから無効であり、従つて抹消登記も無効であるから、回復されなければならない。

(八)  ところで本件物件について、被告門田は別紙第三目録一記載の抵当権設定仮登記、被告全東栄信用組合は同目録二記載の仮差押登記、被告国は同目録三および四記載の差押および参加差押登記、被告京都市は同目録五記載の参加差押登記をそれぞれ経由している。

(九)  よつて原告は被告らに対し、原告が前記抹消登記の回復登記をすることについてその承諾を求める。

二  請求の原因に対する認否および被告らの主張

(被告全東栄信用組合)

請求原因事実は全て争う。

(被告国)

(一) 請求原因事実中、原告主張のような各登記がなされていることは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 主張

(1) 抹消回復登記は登記が不適法に抹消された場合に許されるのであるから、それが適法な原因に基づいてなされた場合、例えば抵当権設定の登記を抵当権者と抵当権設定者との合意により抹消した場合には、当事者は後日さらに新たな抵当権設定の登記を申請しうるけれども、抹消された抵当権設定登記の回復を申請しえないのである。

また登記が不適法に抹消された場合であつても、それが登記官の過誤や虚偽の登記申請によつて当事者の不知の間に不法に抹消された場合には、登記の権利者は抹消にもかかわらず存続する登記の対抗力に基いて、登記上利害関係のある第三者に対して抹消回復登記の同意を請求することができ、第三者はその善意悪意にかかわらず承諾義務があるものと解される(大審院大正一二年七月七日民事連合部判決、民集二巻九号四四八頁、最高裁昭和三六年六月一六日判決、民集一五巻六号一五九二頁等)が、当事者自身の正規な登記申請によつて、実体関係に合致しない抹消登記がなされた場合にはその回復登記は登記上利害関係のある第三者において不測の損害を蒙むるおそれがない場合にのみ許されるものというべきである。そして後者の場合には利害関係ある第三者は当然に抹消回復登記の承諾義務を負うものではなく、これによつて損害を蒙むるおそれのない場合、すなわち、第三者においてその登記申請をするときに、当該抹消登記が実体関係に合致しない不適法なものであることを知つていた場合にのみ承諾義務があるというべきである(大審院昭和九年三月三一日判決、判例体系八I―八二二頁)。

(2) しかるに本件抹消登記は当事者たる原告と富士抵抗器の申請に基いてなされたものであり、被告国は右登記がなされた後に、右登記が実体関係に合致しない不適法な登記であることを知らないで、参加差押登記をしたものであるから、右抹消登記の回復登記がなされることにより予測しえない損害を蒙むるおそれがある。

(3) なお原告はその登記手続を富士抵抗器もしくはその選定する司法書士に委任したものと考えられるが、権利者から委任を受けた代理人の過誤による申請によつて抹消登記がなされた場合その代理人に錯誤があつたとしても取引の安全保護のために、第三者対抗力を喪失すると解される(最高裁昭和四二年九月一日判決、民集二一巻七号一七五五頁)から、被告国にはその回復登記の承諾義務はない。

(4) また原告は本件抵当権の放棄は錯誤に基づくもので無効であると主張するが、仮にそうであるとしても、原告には重大な過失があるからその無効を主張しえないものである。

(被告京都市)

(一) 請求原因事実中、本件抵当権の設定および移転の経過、原告主張の各登記がなされていることは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 主張

被告国の主張(1)ないし(2)と同一であり、被告京都市も本件抹消登記がなされた後、これが実体関係に合致しないものであることを知らないで参加差押登記をしたものである。

三  被告らの主張に対する原告の主張

(一)  現在の登記が実質関係ないし実質的権利関係に合致しないため、これに合致させる趣旨で抹消回復登記がなされる場合には、たとえ利害関係人が善意無過失に現在の誤つた登記を信頼したとしても、現行法上登記に公信力が認められていないから、このような信頼は保護されないのであつて、利害関係人はその善意悪意を問わず、実質関係をもつて対抗され、回復登記の承諾義務を負うものと解すべきである。

(二)  また被告らは本件抹消登記後介入してきた利害関係人ではなく、従来から存していた利害関係人であるから右抹消登記の回復がなされても、被告らは何らの損害を蒙むるものではないのである。

第三被告門田昇の不出頭

被告門田昇は適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第四証拠 <略>

理由

一  原告と被告国との間においては、請求原因事実中原告主張のような各登記がなされていることについて争いがなく、原告と被告京都市との間においては右事実のほか本件抵当権の設定およびその移転の経過についても争いがない。

二  <証拠略>によれば、原告は富士抵抗器に対する貸金の差し替え担保の目的で本件抵当権の移転を受けたものであること(根抵当権についてはその譲渡を、その余の抵当権については被担保債権とともに譲渡を受けたものである)、その後右貸金の返済を受けたため、右抵当権を富士抵抗器に返還(移転)することとなつたが、原告はその登記手続は富士抵抗器に委せることとし、白紙委任状とともに登記関係書類の一切を富士抵抗器側に交付したところ、これを扱つた富士抵抗器の社員は本件物件の所有権が富士抵抗器に帰属していたことから、単純に本件抵当権の登記を抹消すれば足りるものと誤解して、その旨を司法書士に依頼した結果、その依頼を受けた司法書士が原告および富士抵抗器の代理人として抵当権の放棄を原因とする抹消登記手続を申請し、これに基づき本件抹消登記がなされたものであること、および被告門田を除くその余の各被告に対するその余の請求原因事実全部を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  また被告門田昇は民事訴訟法一四〇条により、請求原因事実を全て自白したものとみなされる。

四  前記事実によると、原告は本件抵当権を富士抵抗器に譲渡したものであつて、これを放棄したものではないにもかかわらず、原告の委任を受けた者らの過誤によりこれを放棄した旨の抹消登記がなされたものであるから、右登記は実体関係と相違するもので無効の登記であるといわざるを得ない。そうすると原告はこれを実体関係に一致させるため右抹消登記の回復登記請求権を有するものといわなければならない(原告はすでに抵当権者たる地位を喪つているものであるけれども、この関係においてはなお右の登記請求権を喪うものではないというべきである)。

五  そこで次に右回復登記について被告らが承諾の義務を負うものであるか否かについて検討する。

(一)  不動産登記法六七条によれば、抹消登記の回復を申請するについては「登記上利害の関係を有する第三者」があるときは申請書にその者の承諾書又は之に対抗することを得べき裁判の謄本を添付することを要するものとされているのであるが、これは抹消された登記が回復されることによつて第三者の利益が害されるおそれがあることからこのような第三者の承諾等を要するものとされたものであることに鑑み、ここに「登記上利害の関係を有する第三者」というのは、当該抹消登記がなされた後にこれを信じて新たな登記上の法律関係を生ずるに至つた者に限られるものと解するのが相当である。けだし抹消登記前にすでにこのような法律関係を生じていた者は、その登記の存在を了承して登記を経たものであるから、その抹消および回復について格別新たな利害関係を生ずるものではないからである。

(二)  次にこのような第三者であつても、その善意悪意を問わず常に無条件にその承諾の義務を負うものと解することは相当でない。

登記が登記権利者の不知の間に登記官吏の過誤によつて抹消された場合や偽造文書の使用等により登記権利者以外の者によつて擅になされた申請によつて不法に抹消された場合には、登記制度の目的や効力に照らし、登記権利者を保護すべきであるから、第三者はその善意悪意にかかわらず回復登記の承諾の義務を負うものというべきであるが(最高裁判所昭和四三年一二月四日判決民集二二巻一三号二八五五頁参照)、これに反し、登記の抹消が登記権利者自身もしくはその委任を受けた代理人の申請によつて行われた場合は、登記権利者自身またはこれと同一視すべきものの責任においてなされたものであるから、これを前記の場合と同一に論ずるのは相当でなく、この場合において善意無過失に正当な登記上の法律関係を生ずるに至つた第三者が存するときは、その第三者が回復登記により実質上不測の損害を受けないかまたはその損害が登記権利者の損害と比較して顧慮するに値しないと認められる場合のほかは、その回復登記を承諾する義務がないものと解するのが相当である(大審院昭和九年三月三一日判決評論二三巻諸法三七七頁、最高裁判所昭和四二年九月一日判決民集二一巻七号一七五五頁参照)。

(三)  そこでこのような見地から本件について検討するに、前記認定の事実関係から明らかな通り、被告門田昇と被告全東栄信用組合は、本件抹消登記以前に各々その法律関係を生じ登記を経ていたものであつて抹消登記後に法律関係を生ずるに至つたものではないから、不動産登記法六七条の「登記上利害の関係を有する第三者」に該当しないものというべきであるが、これに反し被告国は別紙第三目録三記載の差押は抹消登記以前に行われたものであるけれども同四記載の参加差押は抹消登記後に行われたものであり、また被告京都市は同じく抹消登記後に参加差押したものであるから、いずれも「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するものというべきである。

そうすると原告の被告門田昇および同全東栄信用組合に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも失当たるを免れない。

(四)  次に、被告国および同京都市は「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するから、その承諾義務の有無について検討するに、前示のとおり本件抹消登記は原告が白紙委任状を交付して抵当権移転の登記手続の申請を他人に委任した過程でその中間にあつて事実上の事務の担当をした者の過誤によりなされたものであるから、それは結局原告の責任において生じた過誤に基づくものというべきであるところ、前掲の証拠および弁論の全趣旨によれば被告国および同京都市はいずれもこのような事情を知らずかつそれについて格別の過失もなく前示の各参加差押手続を行いその登記手続を経由したものであることが認められるから、本件の回復登記がなされることにより右被告両名が不測の損害を蒙むることは見易い道理であつて、右回復登記がなされることにより右被告両名が実質的に不測の損害を受けないこともしくはその損害が登記権利者たる原告の損害(本件の場合、原告はすでに抵当権者たる地位を喪つているから果して損害が生じているといえるかは疑問であるが)に比較して顧慮するに値しないものであるとはいえない。

従つて本件の場合、右被告両名は原告の回復登記の承諾請求に応ずべき義務がないことになるから、原告の右被告両名に対する本訴請求もまた失当である。

六  結論

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田長生)

(別紙) 第一目録 <略>

(別紙) 第二目録

一 登記順位九番抵当権

昭和四七年七月二八日受付第三七五八九号

原因   昭和四七年七月二〇日金銭消費貸借の同日設定契約

債権額  五〇〇万円

利率   年八・五〇%(年三六五日日割計算)

損害金  年一四%(右同)

債務者  有限会社オメガ電気抵抗研究所

抵当権者 全国信用金庫連合会

その後一部弁済により債権額は三四〇万円に変更

二 登記順位一〇番根抵当権

昭和四八年二月二四日受付第九一四三号

原因    昭和四八年二月二四日設定

極度額   三〇〇万円

債権の範囲 金銭消費貸借取引・手形債権・小切手債権

債務者   有限会社オメガ電気抵抗研究所

根抵当権者 東京商工協同組合

三 登記順位一一番抵当権

昭和四八年六月六日受付第二八五七〇号

原因  昭和四八年二月二一日金銭消費貸借、同年四月五日金銭消費貸借の同年四月五日設定契約

債権額 六〇万円

内訳三〇万円 昭和四八年二月二一日貸借

三〇万円 同年四月五日貸借

損害金 日歩九銭八厘

債務者 増山輝

権利者 磯田緑郎

(別紙) 第三目録

一 登記順位一二番抵当権設定仮登記

昭和四八年六月六日受付第二九〇三四号

原因    昭和四八年四月一〇日金銭消費貸借の同日設定契約

債権額   三三万円

損害金   日歩九銭八厘

連帯債務者 河村達郎

増山輝

抵当権者  被告 門田昇

二 登記順位甲区一〇番仮差押

昭和四八年六月一九日受付第三〇九九七号

原因  昭和四八年六月一九日東京地方裁判所仮差押

権利者 被告全東栄信用組合

三 登記順位甲区一二番差押

昭和五〇年四月七日受付第一二五六九号

原因  昭和五〇年四月五日上京社会保険事務所差押

債権者 厚生省

四 登記順位甲区一三番参加差押

昭和五一年二月二八日受付第七八一五号

原因  昭和五一年二月二五日上京税務所参加差押

権利者 大蔵省

五 登記順位甲区一四番参加差押

昭和五一年五月一九日受付第二〇八五二号

原因  昭和五一年五月一七日京都市北区役所参加差押

債権者 被告京都市

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